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かる毘庵

テコンドー指導員・坪井の諸愚考を不定期に連載していきたいと思います。
2014
06,01
 
米沢街道を北上、緑豊かな旅道に心が安らぎます。
米沢市内に入ると謙信公が眠る上杉家廟所に先に行き当たったのでまずは挨拶していく事にしました。ここに甲冑姿で瓶に納められていると思うと実に感慨深い。足元に拝し恐悦至極。大きな”毘”と”龍”の旗を見た時はテンション最高潮なのであります(`・ω・´)ゞ涼風吹き抜けるひっそりとした佇まい、静かに眠るのに相応しい場所でした。
そしてとうとう米沢城趾、上杉神社へ。謙信公の銅像がお出迎えしてくれました。
まずは感無量に浸りながらの参詣。そして宝物館である稽照殿へ。謙信公所用の具足、刀、軍扇等々垂涎の逸品の数々、堪能させて頂きました!
今では有名人になった直江兼続公の愛の前立ての具足も展示されておりましたyo(*´Д`)やっとここまで来たかと余韻に耽りながら神社内を暫く散策。
そもそも上杉謙信公に惹かれたのはその強さではなくその不器用な生き方にあるように思う。謎の最強布陣”車懸り”で向かう所敵なしの強さを誇りながら非情の時代にあっての義での薫陶(大義、正義、義理等)。出兵を頼まれ大義があると認めるや引受けて敵を蹂躙、後は任せたと撤退の繰り返し。政治的な支配をすれば版図を広げる事も容易であると思われるがそうはしなかった(上杉家家臣団の自主性が強く反乱多く敵地にいられない事情もあったが)。
家臣が言う事を聞かないからと出家を試みるといった人間的な脆さにも魅力を感じる。迷いながらも駆け抜けた生き様、これからも恭敬していくだろう。
まだ時間もあったので宮坂考古館へ。
ここには前田慶次公所用の具足があるので時間があればと予定に入れておいたのでした。傾奇者らしい派手な赤備えの具足。その豪胆さがうかがえます。強さも然ることながら知行を減らされた上杉家に最後まで従った律儀さも兼ね備えていたそうです(諸説あります)。
スケジュール詰め過ぎでまたしても昼食を摂る余裕もなくでしたが夕餉は上山市に住む画家の叔父貴の家で御馳走になりました。久方振りの再会に喜びつつも次の目的地に少しでも近づいておこうと今宵は天童市まで足をのばして宿泊する事にするのでした。

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