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かる毘庵

テコンドー指導員・坪井の諸愚考を不定期に連載していきたいと思います。
2024
05,04

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2018
04,14

【第二章】

深く暗い森。瀝青を塗った様な粘りのある暗闇の胎動に気圧され、ただじっと立ち尽くし耳を澄ませていた。風が森を揺らし、森が風を揺らす。その反響だけが際限なく続いていた。どれだけの時間が経ったのか、未来と過去が混濁し、少しずつ暗闇と光彩の境界がなくなっていく。
手を見ると、ぼんやりとした黒い輪郭が浮かびあがった。暗闇に溶け込み段々と存在が曖昧になっていくその感覚が僕を安堵させる。前を見据え、ゆっくりと前へ進み出た。


ホンダ製CR-Vのエンジンをかける。頼もしいエンジンの音。実直な足回りとステレオから流れるアップテンポナンバー。高速道路を流れる様に走った。

しばらくして自分を鼓舞しながらハンドルを握っている事に気が付いた。
一体僕は何を期待し、恐れているのだろう。空は悲しさと虚しさを煮詰めて塗った色をしていた。
風を受けとめようと窓を開けて手を伸ばした。掌からすり抜けていく風をバックミラー越しに確かめながらアクセルを踏み込んだ。


大人になればどこへでも好きな時に好きな所へ行けると思っていた。それが自由という事のあり方なのだと。確かに物理的には行こうと思えばどこへでも行けるのだろう。でも本当の意味合いにおいて僕はどこへも行けないのかも知れない。“容れもの”は一つしかないのだから。


途中で
SAに寄り、用を済ませ顔を洗った。そこに映った顔は三面鏡の奥に映った顔の様に視線がどことなく定まっていない様に見えた。もう一度顔を洗い直し、持ってきていたタオルで丁寧に顔をぬぐった。


まずは市役所まで行って手掛かりを探すことにした。

市役所らしい憮然とした外観、画一的に建物の構造でも決まっているようだ。

足を踏み入れ見回すと市民課や健康福祉課などの案内板の他に、天井からぶら下がった“観光案内所”と書かれた矢印を見つけた。さして有名でもない地方都市に観光案内所があったのは驚きだったが僕が知らないだけで観光客が多いところなのかも知れない。もしくは親切な人が多いのだろう。


簡易的に仕切られている案内所の中には地元の特産物や、名物をモチーフにしたキャラクターが間延びした空間を作り出していた。中に萌黄色のエプロンをつけた若い女性と中年の女性がカウンターに控えていた。二人は僕が入ってくると若干の驚きと戸惑いを含んだ複雑な顔をしていた。

どうやら僕のような客は多くないらしい。考えてみれば平日の昼間の客としては珍しい種類だったのだろう。興味のない特産物を取りあえず眺めてみたが、居心地の悪い沈黙と正解のない視線の行き場が気持ち悪かったので早速尋ねてみる事にした。

「すいません、星がきれいに見える場所を探しに来たのですが、この辺りでどこかそういう場所を知りませんか。心当たりがあればでいいんです」

「ホシ?」と二人は顔を見合わせた。

言葉にした後に段々と恥かしさがこみ上げてくる。耳の辺りが赤くなっているのを感じた。僕は一体何を言っているんだ。常識的に考えればインターネットで調べれば済む事だし、アナログな方法でアプローチする事に何か意味があるのか。

しかしその時に安易な方法で事を簡単に済ませたくなかった、それだけあの絵に価値を求めていた事に気付きもした。それが自らが作り出した価値であろうと。

一度口にした以上はどうしようもない。恥ずかしさを堪えながら事情を説明した。

「ネットを使えば早いかも知れないんですけど、ちょっと事情があって取り敢えずここまで来てみたんです。手探りで探したいと言いますか。あればでいいんです、そういう場所があれば」

「事情があって」若い女性の方が少し目を輝かせて繰り返した。

「ええ、まぁ大した事情じゃないですが」僕は反射的に言い訳をする。
絵に書かれた場所を探しに来た、正直にそう言えば簡単だったが、本当はその絵の中の少女を探しに来たのかも知れないという、ちょっとした後ろめたさと気恥ずかしさがあった。

「喜んで調べさせて頂きますから大丈夫ですよ。それも私たちの仕事ですから」と中年の女性が答え、パソコンを操作し始めた。

子どもに話しかけるような温かみのある話し方だった。きっと気まずそうな顔をしていたに違いない。僕はいくらか気持ちが顔に出てしまうタイプなのだ。

「サエちゃん(仮名)そういう所行った事ないの、デートで」愛嬌よく最後の部分を強調する。

「ないですよ。そんなロマンチストな彼氏いたらいいですけど」

「タカエさん(仮名)だって旦那さんと行った事ないんですか」

「うちの旦那が星なんて見に行く訳ないでしょう、暇さえあれば釣りに行くんだから」

「そうなんですか、でも新鮮なお魚食べられていいじゃないですか」

「留守にするのはいいけど、しょっちゅう魚ばっかり持ち帰ってくれば飽きるわよ。いつの間にか竿だって増えてるし」

彼女が無表情にそういった後に目が合った。

「ごめんなさい、ちょっと待って下さいね。ロマンのない男と結婚した可哀想なおばさんが星の綺麗なデートスポットを懸命に探してますから」

「あぁ、すいません」少し面食らって思わず謝ってしまったが、若い女性と一緒に笑い合った。周りの空気が優しく色を変えた。

「ごめんなさい、手間取らせて。やっぱり自分で調べてくれば良かったかな」

「いいんですよ、手探りで探したいんでしょ?さっきも言いましたけどこれも私達のお仕事ですから」その口調に皮肉めいたものは感じなかった。

「そう、これも私たちのお仕事です」と若い女性の方もいたずらっぽく繰り返した。

「幾つかありますけど、ここから近いのはK公園ですね。G市ではないですけど」

G市にはないんですか?」

「そうね、距離的にもここが一番かな」中年の女性はパソコンの画面を見つめたまま答えた。

叔父の絵の裏にはG市と書かれてあったが、この際G市の隣町にあるK公園でもいいように思えた。きっと自分で調べていたらG市の天体スポットを探したはずだ。手探りで探した答えに従おうと思った。

≁割愛する≁

「ありがとうございました。まったくそういう場所がなかったらどうしようかとも思っていたので。ただご飯を食べて帰るだけだったかも知れない。でもこうやって旅の目的地が決められたのは嬉しいです。お二人にはお時間取らせちゃいましたけど」

「星が見える場所を聞いてきたのはあなたが最初ね」と中年の女性。
そして最後かも、と僕は心の中で付け足した。

「それで事情って何ですか?」若い女性の方が尋ねた。

「うーん、またどこかで会ったら教えますよ、多分」と言葉を濁した。

「えー、教えてくれないんですか」そう言って唇をとがらせた。とてもチャーミングな表情だった。


「どこかで会ったらね、星を見に来たって言うだけでも結構恥ずかしかったから」


「気になるなぁ」と若い女性の方はまだ食い下がりそうだったので話題を換えた。

「あと夜ご飯もこの辺りでとろうかと思っているんですけど、お勧めの店なんてありますか?」

「お勧め?何が食べたいんです?」

「チェーン店ではない所ならどこへでも」

「それなら某という店がいいですよ。最近の私のお気に入り」と若い女性の方が教えてくれた。

「この前一緒に行った所?」

「そう、唐揚げおいしかったでしょ」


「私は刺身が良かったけど、唐揚げなんてどこだって一緒じゃない?」

「一緒じゃないですよ、やっぱり魚好きなんじゃないですか、毎日で飽きるって言ってた癖に」

「言われてみればそうみたいね、若いうちは肉、歳とったら魚ね」

「肉も魚もどちらもおいしいお店という事ですね」そう付け足すと二人とも顔を見合わせた後に笑顔がこぼれた。
公園とその店の地図もプリントアウトしてもらい市役所を後にした。

誰かに頼るのも悪くない、そう思った。僕は空を見上げながら旅の目星がついた事に胸を撫で下ろしていた。

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2018
04,07


前書き

思い出は時間によって磨かれていくものです。それと同時に少しずつ形を変えいくものでもあります。記憶の循環によって真実と虚構の境目がうまく見出せなくなっていました。だったら書き留めておこう。すべてが真実でなくても良い。存分に脚色も入っています。

誰もが持っている物語。

※人物名、地名は仮の名を宛ててあります。

 

それはただのペーパームーン 厚紙の海を帆走してゆく
でも、見せかけのものにはならないわ(それって信じることはできないわ)
あなたが私を信じてくれているなら

 「It's Only a Paper Moon」



『 ホシオイ 』


「人にはそれぞれ知力に応じた住みかがあるそうだ」。

見上げると青色の階層がどこまでも続く気持ちの良い午後だった。父から聞いたその言葉は当時大学生だった僕に大した感慨はもたらさなかった。それは至極当たり前の様にも思えたし、わざわざ口に出すような事でもないと思えたからだ。
結果として我々は行き着く所に行き着く、ただそれだけの事なのだろうと。なぜ急にこの人はそんなことを言い出すのか、誰かの受け売りかと訝みもした。
僕はその時、“メリークリスマス・ミスターローレンス”をかなりアップテンポに口ずさみながら取りこんだ洗濯物を畳んでいる最中だった≁僕は取りこんだ洗濯物から自分の物を探しだして畳むのが好きだった≁それまでに会話らしい会話もなく父は僕が洗濯物を畳んでいる様子をただぼんやりと眺めていた。

しかしそれが父の残した唯一の≁余り父とは深い会話を持たなかった≁教訓めいた示唆、或いは忠告となった時、僕はその言葉を思い出せずにはいられなかった。そして幾分悩まされたりもした。

つまりはこうだ、ここが本当にお前の〝スミカ〟なのかと。


真夜中の風が秒針を揺らし、手に入らないものを求めては落胆する日々が続いていた。


【第一章】

叔父から絵が送られてきた。

実際にはダンボール箱いっぱいのリンゴの中から新聞紙に包まれた絵が出てきた訳だから、リンゴを送るついでにと言った方が正しいのかも知れない。叔父は何を意図してその絵をよく熟れたリンゴたちと共に送ってきたのか。単なる気まぐれか、それとも捨ててしまうよりは良いという単純な理由かも知れない。

それと言うのも山形で画家をしている叔父は度々自分が残した作品の置き場所に悩んでいると口にしていたからだ。
お礼の電話をした時に聞いてみようかと思ったが叔父はその絵について何も言わなかったし、僕もまた敢えてその事を口にはしなかった。絵を入れておいた事をすっかり忘れているという可能性は叔父の性格からして考え辛かった。“何も言わない方が良い”きっとお互いそう感じたのだろう。
ある種の物事は言葉にするとそこに込められた意味と色合いを失ってしまう事がある。言葉では本当に大切な事なんて伝わりはしないのだから。
言葉はいつだって真意を語らない。

絵を手に取り顔を近づけてみる。油絵特有の粘り気のある匂いと微かなリンゴの香気が絵全体を包んでいた。
その絵は緑青の丘に立つ少女が幾百の星と満月を見上げているというものだった。
裸足の少女は青みがかった白いワンピースを着ていて、風で飛ばないように麦わら帽子をおさえている。肩より少し伸びた黒髪は大きく揺れ、見上げた空には白青の満月と青や緑や黄、赤みがかった星たちがそれぞれの命の光彩を放っていた。そして丘をかすめる様に流れ星がうねる様な曲線を描いていた。

僕はその絵に特段感銘を受けた訳ではなかった。満月の夜に星はうまく観ることができないし、夜中に麦わら帽子をかぶっているのは面白い表現だなと、ひねくれた感想をもった。
もちろん叔父の絵が稚拙だった訳ではない。それと言うのも、その当時僕は深刻な精神的問題を抱えていて≁割愛する≁物事を、或いは絵画に含まれる芸術性、深層心理の表現を肯定的に受け止める余裕を持ち合わせていなかった。時間が経つにつれて周りの色彩が一色一色抜け落ちていく様な、そんな日々だった。
写実ならともかくこれは絵画だ、写真では表現できない意図がそこにはある。
折角なのでその絵を部屋の隅に掛けておく事にした。それはつまり部屋の片隅に掛けて置くのにピッタリな絵だった訳だ。

幾月が過ぎた頃、僕は部屋に飾られたその絵を眺めている時間が段々と長くなっている事に気が付いた。目を覚まし、絵を見つめ少女の姿を確認する。帰宅してからもまた同様だった。星を見上げる少女。いつかその少女がそこからいなくなってしまうのではないか、そんな気さえし始めていた。
やれやれ、どうかしている。

絵を部屋の隅から目につく場所に掛け替えようと思いついた。掛け直す際にキャンバスの裏に目をやると、小さく某県G市と書いてあるのを見つけた。この絵がその場所で描かれたものである事に違いないが、僕はその場所が現実に存在するという事を理解するのにしばらく時間が掛かった。


椅子に座り、しばらくキャンバスの裏に書かれた文字を見つめた。ストーブから発する刺々しい熱が部屋の中に充満し、窓に張り付いた結露が一滴一滴と流れ落ちた。二月の終わり、冬の名残の雪が見境なく光を反射し、贈り物を無理やり受け取らせる様な気分にさせた。
椅子から立ち上がりゆっくりと窓を開けると冷やりとした空気がスルリと部屋の中に入り込んできた。その混じりけのない空気を思い切り吸い込み、雪が作り出す静寂に際立つ鳥の声に耳を澄ませた。

冬がそっと終わりを告げようとする頃、僕はその場所まで行く事に決めた。

しかしG市と書いてあるだけで詳細な場所までは書かれていなかった。叔父にその場所を聞けば事情は簡単なのだが、今さら絵について聞くのは野暮ったく思えたし、役所にでも行って手探りで聞いてみた方が相応しいのではないかと思えた。

氷細工の様に一度手を加えると二度と元には戻らなくなる、そういう事柄なのだ、きっと。
行き先の名前が分かれば十分だ。たとえ目的の場所が見つからなくても久しぶりのドライブと天体観測を楽しめればそれでいい。


そして何より僕には何かに没頭する時間が必要だった。



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