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かる毘庵

テコンドー指導員・坪井の諸愚考を不定期に連載していきたいと思います。
2018
10,24

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2018
06,27
お引越ししました。→http://blog.livedoor.jp/btntaekwondo/

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2018
05,05

【第五章】

K公園は住宅街を抜けた山の中腹にあたる場所にあった。冷えた空気が幾重にも静寂を重なり合わせる。駐車場に車を停め、寝そべられる様に持ってきていたシートと途上の自動販売機で買ったダイドーのブレンドコーヒーを持って小高い丘になっている場所まで歩いた。缶コーヒーの熱がささやかな安らぎをもたらす。


サエさんはライトグレーのピーコート、タカエさんはベージュのダウンコートをそれぞれ羽織っていた。

「サムーイ」サエさんはそう言った後、確かめる様に息で白い靄を作った。

「思ってた以上に寒いわね」タカエさんが両腕を組んで少し震える素振りをする。

「そうだね」僕もそう言って息が白くなるか試してみる。微かに白く残った靄は頼りなくふわりと消えた。

「ほら、星キレイだよ」

サエさんの言葉に促されて見上げると雲の切れ間から見える星達の輝きが慈雨の様に僕たちを照らしていた。時折雲が下弦の月の明かりを隠し、星たちの輝きを浮かび上がらせた。


僕たちは丘の頂上まで歩き、周りを見渡した。丘の上には事務所とプラネタリウムを兼ねた建物があり、視線をおとすと、暗くてはっきりとは見えないが長い曲線を描く滑り台と思しき物を見つけた。


頂上付近の芝生にシートを敷いて川の字を作って仰向けに寝そべった。

暗闇に目が慣れ、段々と光度を増す星たちの群れに言葉を交わすこと無く魅入っていた。月明かりに合わせて明滅する星の輝き。時折冷やりとした冬の風が頬を撫でる。


「ねぇ、手繋いでみようよ。それでUFOを呼んでどこか知らない場所に連れていってもらうの」サエさんは星を見つめたまま言った。

「連れて行ってもらうの?」

「そう、連れて行ってもらうの」彼女はまっすぐに力強く答えた。エイハブ船長の様に躊躇いや妥協の余地なく。

「それもいいかもね」と僕も船長に同意した。

「いいわね、宇宙旅行。未知の原石を持ち帰って億万長者よ」とタカエさんの言葉に僕たちは星を見上げたまま笑った。そういえばダイヤモンドでできた星があるというのを聞いた事がある。


「家庭を持つものは現実的なのよ。先立つものがなくちゃね」

「現実的なんだろうか。非現実の塊の様な言葉に思えるけど。二律背反」と僕は皮肉をもって星空に言った。

「ちょっと」タカエさんは身体を起こしかけたが「それも、そうか」と途中でまた横になった。少し間をおいた後、僕らは笑い合った。

サエさんがグッと僕の手を握り直す、置いて行かれるのを不安に思う子どもの様に。

「ねぇねぇ、なんかヒントないの?」とサエさんが尋ねる。

「ヒント?場所の?」

「その絵には建物とか看板とかはないの?」

「そういう絵じゃないんだ。ただ月と星空(と少女)が或るだけ」

「でもその場所に行けば分かるの?」

「分からない、分からないけれど、分かる気がする」

僕はその時、絵画に描かれた奇妙な曲線を描く流れ星の軌跡を思い出していた。

「ふーん、なんだか雲をつかむ様な話ね」とタカエさんが言う。

「星をつかむ様な話かも知れない」

「うまいこと言うわね。雲と星をつかめれば私たちこれから大概の事はモノにできるわね」

僕たちはただまっすぐ月を、或いは星の群れのその先を見ていた。そしてその先にあるそれぞれが抱えた現実も。
静かな夜の帳が重なる様にその濃さを増し、
僕らは手を繋ぎ宇宙からのサインを待ち続けた。緩やかに流れる雲の流れが時の流れを僕たちに知らせる。サエさんが口を開く。

 

「ホシオイさん」

「なに?」

「月はどうして輝くの?」

「太陽の光を反射しているから」

「やり直し」

「オーケー。人々の、謙虚で控え目な人々のささやかな願いを受けとめているからだよ。小さな願いが小さな光になる。それがたくさん集まれば月を輝かせることだって出来る。月はいつでも希望に満ちていて、皆が前向きな時はとても眩しい。そうじゃない時は暗くて見えない時だってある」

「はんぶん合格」

「オーケー。前半だけにしておくよ。人はいつも希望に満ち溢れていて、それで月は輝き続ける。月が疲れた時には星たちが代わりに輝き続けるんだ、ハッピーエンド」

「ごうかく」

雲間から溢れた光は星々の姿をか弱いものにさせ、波に洗われる貝殻の様に僕達の存在もまたそれに合わせて消えてはまた浮かび上がった。

 

「あたしトイレ行くわ」タカエさんが腰を上げて辺りを見回した。

「暗いから僕も行きましょうか?」

「いいよ、ワカッテルから」

「ワカッテル?」言葉に硬さを残してタカエさんは行ってしまった。

僕も立ち上がり周囲を見渡した。

「もう少し辺りを歩いてみようと思うんだけど」

「あたしも行く」

僕たちは引き寄せられる様に長く曲がりくねった滑り台まで歩いた。

「長いね」と僕。

「長いね、ねぇ滑ろうよ」とサエさん。

階段を登り先まで見渡すと、滑る所がローラータイプになっている全長50mはある滑り台だった。少し窮屈だが滑れなくはない。緩やかな部分は足で勢いをつけた。滑り台が長すぎるせいでお尻が痛い。

少し後からサエさんが奇声をあげながら勢いよく降りてくるのが分かる。身構えると後ろから思いきりぶつかってきた。

「あはは、ごめん、ごめん」

「確信犯でしょ」

「滑り台は滑り降りるものでしょ」

「それはそうだけど勘弁してよ。ただでさえ暗くてよく見えないんだから」

「へへ」

「こうやって滑り降りると私たち流れ星になってるみたい」

「流れ星か、なんだか火の玉の方が相応しい気がする」

「火の玉?何それ?」とサエさんが笑いながら答える。

「僕もよく分からないけど、イメージ的にね」

最後まで滑りきり、お尻をはたきながら立ち上がる。滑り台の降り口で窮屈そうに上手く立ち上がれずにいたサエさんに手を差し伸べて滑り台から引き上げた。

雲間から月の光がこぼれ、彼女の全身が月光に青白く染まる。僕は手を取ったまま、その光景を≁風景といっても差し支えないだろう≁眺めていた。あの絵と同じ様に。

「ねえ、ちょっとしゃがんで」

「ん?」

「そのまま横向いて」

「こう?」

僕は言われた通りに膝を少し曲げて横を向くと彼女は唇で僕の頬に触れた。

「月明かりのせいだよ」

僕は咄嗟の事に言葉を探していた。

「何も言わなくていいよ」

いつも大事な時に言葉が出てこない。彼女は少し先を歩き、背を向けて空を見上げた。

「やっぱり私、来て良かったよ」

月明かりに照らされた彼女の後姿が絵の中の少女と重なる。振り返り僕が見つめていることに気づくと少し寂しそうな笑顔がこぼれた。

僕はその瞬間にあの絵に込められた意味を理解した。オリオンのベルトの下で輝くリゲル。燃やし尽くすものシリウス。手に届くことのない強い光。手に入れようと藻掻いてもどうにも出来ない事が世の中にはある。

幻を追い求めた旅路。虚構と現実が交錯し自分の存在が虚ろに感じる。
下からタカエさんが戻ってくるのが見えた。


「ありがとう」二人にそう告げる。

「ありがとう?なにか分かったの?ここがそうなの?」とタカエさん。

「ごめん、言ってなかった事があるんだ」僕は正直に絵の中の少女の事を伝えた。

「ふぅん、そういう事だったの。なんだろう、この感じ」とサエさんが歯切れ悪く言葉を探す。

「誰か他の人だったら気持ち悪いけど、ホシオイさんならなんだか分かる気がする」

「そう言ってくれると救われるよ、折角の夜を気持ちの悪い男と一緒に過ごしたなんて思われたくないからね」

「大丈夫、素敵な夜だったよ。ホシオイさん。ロマンチストだね。でもそれじゃ結婚できないわよ」

「ロマンチストは結婚できないのか」と僕は唐突な言葉に戸惑いをもって呟いた。

「そうね、毎日釣りに興じるような男じゃなきゃね」とタカエさん。

「地に足をつけるって意味なのかな、あながち間違いじゃない様な気がするのが癪だけど。でも僕にとっても素敵な時間だったよ、二人のおかげで」

僕たちは再びシートの敷いてある丘の頂上まで行って腰を下ろし、何も言わずにただ星を眺めていた。心地よい沈黙だった。月と星と形をもった沈黙がそこにあった。

「ねぇ、その絵見られないのかな。スマホの中に撮ってあるとか」サエさんが尋ねる。

「ないんだ、ごめんね。それにきっとそうやって見ちゃうとガッカリしちゃうと思う」

「そっか、そうかも知れないね」

暗闇の中を一羽の鳥がオリオンを横切って行く。今年最後の雪が降り始めていた。強烈に孤独を感じる。掌にのった雪が水滴に代わり、やがて熱を奪っていく。周りから音が消え、雪に混ざり山茶花が降り始める。

「ホシオイさん、誰よりも、一秒でも長く一緒にいたいと思った人はいる?」

彼女はそう打ち明ける様に言ってから空を見上げた。僕もつられるようにその視線の先を追った。

「僕は」そう呟いた後、やはり何も言葉は出てこなかった。

「どこに行っちゃったんだろうね」サエさんが続ける。

「どこだろう、きっとどこかで」やっと出てきた言葉はそこで暗闇の中に吸い込まれてしまった。

僕は地面を失った様な感覚に囚われる。眩しく光る月の光、星たちは淡くひっそりと夜空に身を潜めている。地平が消えどこまでも落下していく感覚。

僕は一体なにをしている。ここで一体なにを。風が強まり少女の黒髪が大きく揺れる。

「ホシオイさん?」サエさんが心配そうに顔をのぞき込む。

そして僕は気付く、あの少女はもういなくなってしまったのだと。いや、いなくなったのは僕の方だ。容れ物は一つしかないのだから。
父さん、僕はどこへ行けばいい。

 

「何言ってるんだろうね、あたし」と彼女が言う。

音のない風が沈黙を埋める。

 「きっと、月明かりのせいだよ」と僕は答えた。



草はらに全身を預けると覆っていた暗闇が砂を払う様に流された。
彩られた砂の草原の真ん中まで歩を進める。周囲の闇が窺うようにこちらを見つめた。降り注ぐ光の強さは増し続け、身体の輪郭が消えていく。

音のない旋風が周囲の砂を巻き上げ空を覆った。降り注いでいた光は消え、辺りは再び闇の中に沈んでいく。
だけどもう怖くも寂しくもない。光も闇も一緒なのだ。敵も味方もいない。どちらも或るべく存在している。どちら側も拒絶しない。慣れているかそうでないかだけだ。

 

見上げると巻き上げられた七色の砂の粒が煌めく幾万の星となって頭上に輝いていた。

 

 

『 ホシオイ 』


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2018
04,28


【第4章】

光砂のカーテンの中で揺れる草花はささやかに辺りを祝福している様だった。手をそっと差し入れると闇が払われ、光が指先を透かして赤みのある輪郭を浮かび上がらせた。その手を眺めながら、僕はそこから足を踏み出せないでいた。僕はいま闇の中の住人なのだ。暗闇に息を潜め、侵入者を遠くから見つめる。僕は暗闇であり、森そのものだった。

光量を強め白くなっていく草原。そこに赤や青や黄色、白と様々な色彩の山茶花が降り始めた。地表に辿り着くと音もなく砕け砂になっていく。草はらに色彩豊かな砂の絨毯が広がっていった。

 

観光案内所で教えてもらった店に向かう事にした。暮夜の濃気が段々と辺りを支配していく。濃紺の空に溶ける陽炎の灯、海風がどこからか夕餉の香りを漂わせた。

その店の外には愛嬌のある赤い提灯が温かく通りを歩く人達を照らし出していた。引き戸を開け中を見渡すと、平日でもほぼ席が埋まってしまっていた。もっと早い時間に来るべきだったかと少し後悔したが、店員に一人だという事を告げ店内を見渡すとこちらに向かって手を振っている女性がいた。


「お連れさんで?」

「ええと、多分」そう言って手を振っている女性のテーブルに向かう。

「こっち、こっち」と二人組の女性の一人が手招きする。
年配の女性の方が苦笑いする。この店を紹介してくれた観光案内所の女性二人だった。

「こんばんは、あなたにこの店のこと紹介したら来たくなっちゃったのよ」と年配の女性。

「そうなんですか。…あの、もし迷惑でなければなんですけど少し御一緒しても良いですか?」

「もちろん、その為に来たってのもあるんだから」と若い女性。

「はい!座ってホシオイサン」そう言うと隣の椅子を勢い良く叩いた。僕は店の人にここに座ると伝えた。

「ホシオ…なに?」

「星を追いかけてるんでしょ?だからホシオイさんよ」

「サエちゃん」と年配の女性がたしなめる様な目をした。見るとジョッキに入った飲み物(酎ハイだろう)は六割方減っていた。

「いいんですよ、なるほどホシオイか。悪くない」僕はその名前の響きが気に入った。

「さ、何飲むの?乾杯しよ」
ビールを飲みたかったがこの後、車で目的地のK公園まで行かなければならない。烏龍茶で乾杯する事にした。
僕が烏龍茶を注文すると彼女は不服そうなうめき声を上げたが、僕の目的は察しているのでその事を言葉にする事はなかった。

「えーと、二人の名前はサエさんとタカエさんで良かったですよね」僕は昼間の二人のやり取りを思い出して答えた。

「ちゃんと覚えてるんだ、そしてあなたはホシオイさん」とサエさん自身もその響きが気に入っているようだった。

「そうだね、僕はホシオイさんです」とおどけて続けた。

「ねぇ、それで事情って何なんですか?」とサエさんは僕の目を見据えながら言った。どうやら気になって仕方がないらしい。

「たいした事情じゃないんですよ。聞いたらがっかりするかも知れない」

「そうやって誤魔化すつもりでしょ」

「オーケー、分かった。また会ったらって言っちゃったしね。でももう少し後で話したいかな、来たばかりだから」

「いいけど、聞くの忘れないからね」

「ホントにたいした事じゃないんだよ」

彼女はまだ疑惑の目をこちらに向けていたが、少し意地悪く言うのを楽しんでいる様子でもあった。

サエさんは腰元まである白いニットセーターにブルージーンズ、耳には月を象った可愛いイヤリングをしていた。タカエさんはダークグリーンのニットワンピースとブルージーンズをシックに着こなしていた。胸元までかかるアジアンテイストのネックレスが彼女によく馴染んでいた。

僕たちはその後、自分たちの抱えた事情をそれぞれ語り合った。

≁割愛する≁

彼女は普通科の普通の高校を卒業≁彼女はそれに普通の高校生を足して自分の事をトリプル普通高校生と呼んだ≁した後、服飾関係の仕事に就いたがすぐにやめてしまったそうだ。しばらくファストフード店でアルバイトしていたが、期間限定の観光案内所の求人を見つけ応募したそうで、そこには公務員の男性と知り合えるかもという下心もあるらしい。

目下夢中になれる何かを探すのが喫緊の課題らしいがその何かが分からないそうだ。よく聞く話でも或る。答えはいつも自分の中にあって、それを探り当てるのが早いか遅いかだけだ。或いはその機会は潜在的に永遠に訪れない。

タカエさんは主婦をしていたが子どもが手を離れた事もあって案内所に勤めだしたそうだ。しかし観光客が役場を訪れるという事はほとんどなく、僕の様な人間は珍しいそうだ。いつも地元の人達の話し相手をしているそうで、そうなるとこの観光案内所も長くはないだろうとの見解だった。

僕たちはお互いの愚痴をかなり開けっぴろげに話した、面白おかしく。
僕たちは分かっていたのだ。きっとこの先どこかで出会う事はないのだろうと。

時刻は午後9時を廻ろうとしていた。

「ねぇ、そろそろ話してくれてもいいでしょ?」

サエさんはとうとうしびれを切らした様に口にした。

「そうだね」

僕は諦めて叔父から絵が送られてきた事、その絵の舞台になった場所を探しに来た事を話した。だがそこに描かれている少女の話まではしなかった。

「それでその場所を見つけてどうするの?」

「さぁ分からないな、ただ見てみたいんだと思う。その絵に描かれた風景と同じものを見て何を感じるのか」

「ふーん、なんだ。なんかつまんないけど、嫌いじゃないかな、そういうの」彼女は少しがっかりしていた様に見えたが何か思案している様子でもあった。ロードムービーを観終えた観客のような顔つきだった。
僕はタカエさんとお互いの身の上話の続きをした。旦那がいかに家を留守にして釣りに興じているか、釣り用ボート購入の企てをいかに阻止するかを熱く語った。

「よし!」

サエさんは急に大きな声を出して立ち上がった。僕とタカエさんは半ば口を開けたまま彼女を見上げた。


「わかった、私たちも行く。ね、タカエさん。一緒に行くよね?」
僕とタカエさんは顔を見合わせた。

「え?ダメよ、迷惑になっちゃうから」

「迷惑な訳ないよ、大勢の方が楽しいよ、きっと。ね、そうでしょ」と僕の顔をみやる。

「楽しければいいってものじゃないでしょう」とタカエさん。

「ね?いいでしょ。ホシオイさん」

僕は二人の顔を交互に見ながら暫く考えてみたが二人だろうが三人だろうが問題ないように思えた。

「別にいいよ、二人が来たいのなら。一人で星を見て感傷に浸りに来た訳でも、涙を流したい訳でもないし」

「ホントは一人で号泣したかったりして」サエさんが目を細めて僕を見る。

「まさか」そう答えた後に自問する、僕は泣きたいのだろうか。

「決まり」彼女はジョッキを前に掲げた。

僕たちは反射的に半分氷が溶けた烏龍茶のジョッキを掲げた。彼女は不服そうにそのジョッキを見つめた。

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