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かる毘庵

テコンドー指導員・坪井の諸愚考を不定期に連載していきたいと思います。
2024
03,19

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2014
10,07
結果を残す事が出来ずに終わったジャマイカでのワールドカップ。
それでも精一杯を尽くす事が出来た事に後悔はありません。海外遠征は本当に色々な事があると改めて思い知らされましたが、今回も無事選手全員を試合に参加させる事が出来た事には胸を張っていいと思っています。

今大会は或る程度楽しみながら参加する事が出来たらと臨みました。それでも様々な出来事があり、その出来事を楽しむという程の余裕はなかったかも知れません。しかし仲間のサポートも在り、或る程度はのんびりと構えていたかなと感じてます。

型は準備万端とはいえない形で臨む事になったので、もっとこうすればと後になって思うのはやはり負けたからだと思います。自分の実力不足を痛感する大会でもありました。

組手はゲームをする事が出来たとは思います。それでもずっと3速で闘っていた様な感はあるので、国際大会に臨む事の難しさを改めて感じました。しかし良くはなってきている、そう思っています。

色々な世代が参加するワールドカップ。小さな選手から年上の選手までそれぞれ目標としているものは同じ。それに向かい、追い求める事の価値。当たり前の様に過ごしていましたが、目標を持つ事が出来る喜びを感じました。表彰台のメダリスト達は誇らしげで無邪気な笑顔を見せていました。

大会に参加する事を決めるにあたり、ずっと自分の選手としての終わりを意識していました。そしてジャマイカでのワールドカップをテコンドー選手としての終焉の地として考えました。色々な事にケリをつけて参加したつもりです。幾らかの人には既に引退意向を伝えてもいました。

年齢を経て勝てなくなってからやめるより、選手として良い時に終わろう、それが自分らしい終わり方じゃないのかと考えてきました。

しかしワールドカップで年上の選手達が情熱を燃やしているのを見て、例え負ける様になったって情熱があれば続けていけばいいんじゃないかと思えるようになりました。

思い返すと10年以上前、僕が初段に成りたてだった頃。
全日本大会選考会の近畿大会に出場した折、師範と同年齢?くらいの選手でSatoさんという方がいらっしゃいました。師範と同期なのか「まだ頑張ってるんだね」という様な趣旨の事を話してていた事を覚えています。
僕は年齢を重ねても選手として一線に出ているその姿に格好良さと渋さを感じ憧れる様になりました。その近畿大会で優勝する事ができ(Satoさんも優勝していた様に思います)、メダリストの特権だ!とコッソリ隣に行って集合写真を撮りました。
シャイな学生だったのでとうとうお話させて頂く機会は得られず今に至ってしまいますが、それからも密かにSatoさんを応援していました。10代から始めて30代と年齢を経てきて、そのSatoさんの継続していく事の凄さを今は実感しています。同じくらいまでとは言えないかも知れませんが、勝つ姿ではなくとも努力する姿を見せていけたらいいんじゃないのか、今はそう思っています。

もう少しだけ続けてもいいですか?


どうやら今の僕にはこの賞があれば十分だった様です。

Things are going to well. No problem right?


僕らはそれぞれ力を尽くして、それぞれの人生を生き延びてきた。そして長い目で見れば、そのときもし違う判断をし、違う行動を選択していたとしても、いくらかの誤差はあるにせよ、僕らは結局今と同じようなところに落ち着いていたんじゃないのかな。そんな気がする。

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 村上春樹

拍手[6回]

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2014
09,30
8月31日、ジャマイカ最終日。

帰国の日。搭乗は15時なのでそれまではNo planでゆったり過ごします。
朝食に行こうと思いましたが先行していたS師範が戻ってきました。聞くと購入したチケットはあるのにコンベンションセンターが閉まっていて朝食が食べられないとの事(-_-;)Refund(払い戻し)出来ないか交渉するとの事で手をつくして頂き無事にお金が戻って参りました!流石頼りになりますヽ(´ー`)ノ子ども達はC師範と共にプールでプール&ジャグジーで一遊び。

あれNaoさんは?といない事に気付くと昨日のマイクロバスにビデオカメラを忘れたそうで昨夜僕が眠っている間に色々とあった模様です(*_*;確かに皆酔っ払ってた…。
しかし昨夜の内?に連絡が取れてた様でドライバーのおじさんが届けに来てくれるとの事。一緒にロビーで待つ私。

(´ヘ`)  (・ω・)…。

30分後

(´ヘ`)  (・ω・)…来ませんね。

30分後

(´ヘ`;)  (*´ェ`)…お腹すいたな。

30分後

(´ヘ`;)  (*´ェ`*)…パッキングしようかな。

30分後

キタ━(゚∀゚)━!
 
パッキングに戻っている間に来ていた様で歓喜の瞬間は見逃してしまいましたが無事に戻ってきて何よりです。親切なおじさんに感謝。
搭乗2時間前を目処に空港へ向かう為チェックアウト。ジャマイカを離れる事に実感が湧いてきます。マイクロバスで空港へ。


空港へ降り立ち荷物を降ろすと女性の悲痛な叫び声が…。

(( ;゚Д゚)) アァー!

言葉を失う一行。

((( ;゚Д゚))) 航空予約券忘れた!

……。

……何故だ…Yoko。

控えなので今回は取りに戻る必要もなかったので良かったですがウズベキスタンの時に引き続き2回目(-_-;)一体いつも何処に保管しているんだ。
ジャマイカの空港での昼食はウェンディーズのハンバーガー。海外のハンバーガーは美味しい気がします(´~`)離陸までは最後のお土産探しに空港を存分に散策。サヨナラ、ジャマイカ。

まずはアトランタ国際空港へ。ここでまたしても一泊しなければなりません(/・ω・)/
夕餉はオシャレな?お店でパスタを注文。そしてカリブ海と言えばモヒート(Mojito)だ!とヘミングウェイ的に待望していた私。ジャマイカで飲もうと思っていて結局機会を逸してしまっていたのでアメリカでもいいやと投げやりに注文。しかしミントを切らしていて作れないとの事(´Д⊂仕方ないので適当にカクテルを頼みました。
お姫様二人はガラス越しのケーキをご所望の様子で迷いながら楽しそうに選んでいました(*´ェ`*)
椅子に横になって一夜を過ごします。しかし冷房が効きすぎて寒い(´;ω;`)またしても朝方目を覚まして空港内をウロウロしておりました。
お店が開くのを待ってベーグルとコーヒーでアメリカン・モーニング。小さいかと思って2種類頼んだら流石アメリカなサイズでした(*_*;
そして諦められず朝7時にモヒート探しに行く僕と、きっとお酒が飲みたいだけのMs.Yoko。

Do you have a mojito?と今度こそは!と聞くと「勿論。」とCoolな女性バーテンダー。一つ頼むとストロー2つの恋人仕様。モヒートをモスキートの如く吸うYokoと私。
こ、これは…。

今年度最大のヒット作にめぐり逢いましたyo☆-(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノ全米が震撼する爽やかな甘み!チョコミント好きの僕にとって至高の逸品でした。暫くハマりそうです。
ようやく出発。次の目的地デトロイト空港へ。
到着した後は自由行動。再びBarに行く僕とMs.Yoko。Budweiserの直営店でもモヒートを頼みましたが、流石にありませんでした(ノ´∀`*)
違う店で昼食をとりながら生まれたてのジャマイカの思い出を歓談。

デトロイトから中部国際空港へ。
また映画三昧の時間が始まります。期待していなかったパシフィック・リムが面白かったです(*´∀`)

日本。旅の疲れもピークに達していましたが空港では選手の家族と共にM副師範とM'r Brightが出迎えに来てくれていました。不甲斐ない結果の私、いつもお世話になっているM'r Brightに掛ける言葉が見つかりませんでした。

名古屋で慰労会を開くとの事でしたが一足先に帰らせてもらいました。

車窓から見える街並み。旅の終わり。過去からの余韻と明日からの足跡。その重なりあう領域から一歩を踏み出す事にもどかしさを感じながらも時は進み続ける。


目的地を見つけられないまま列車は走り続けた。

【完】

拍手[4回]

2014
09,24
10mくらい?ある飛び込みポイント、郡上の橋に比べれば低いものです。颯爽と飛び込んでやりました。やっぱりちょと痛い(;´∀`)

天気が良いとこんな感じです。画像は借り物。
段階的に高さの違う飛び込み場所がありますが、3mくらい?の飛び込みポイントに居るとここで突然Happy Birthday♪を歌い出すC師範。この日30日は奇遇にもRyo君と私の誕生日。という訳でバースデイソングが終わると両名海に落とされましたよヽ(=´▽`=)ノ

飛び込んだ先に洞窟がある様で盛んにそこに行こうと誘ってくるジャマイカ3人組。お金を払えば連れて行ってやると五月蝿いので無視する事にしました(-_-;)
思う存分にカリブ海と戯れた後は早い夕餉の時間。Kさんから御好意を得ていたので、ジャマイカの宴”CHINARI night”を開催する事に致しました!CHINARIに乾杯♪ヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノカリブの海に囲まれながらBeerとジャークチキンで舌鼓!野外ライヴではボブ・マーリーが流れます。
暮れていく空。曇り空でサンセットという訳でなかったですが大いに楽しみました。晴れていればこんな黄昏が楽しめた様です。画像は借り物。
盛り上がるCHINARI night、お土産屋行きもキャンセルしてここで過す事にしました。22時からはワールドカップクロージングパーティーが開かれる為、18時過ぎには帰路に就きました。交通事故の為異様な渋滞が発生していましたが無事にホテルに到着。

パーティーが始まる時間まで眠ろうと思って起きたら午前3時でした(/・ω・)/
起こしたけど起きなかったので行っちゃったとの事。無理にでも起こしてよ~(>_<)パーティーもコンベンションセンターでという事でイギリスの時に比べると微妙な感じだったとの事であります。

ジャマイカでのバースデー、誕生日なんて今更なんて思いもありましたがきっと思い返す時が来るんだろうと思います。少し苦いカリブの日の思い出達と共に。

【続】

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