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かる毘庵

テコンドー指導員・坪井の諸愚考を不定期に連載していきたいと思います。
2014
05,02

«西へ。»


遠くへ行くことにした。


旅という程のものでもないが、そうい時があってもいいのかなと、それが理由という理由なんだと思う。

見上げれば雲ひとつ無い快晴。太陽の光がどこまでも大地を包んでいる。
芳香剤の香りの残るシャツに袖を通し、洗いたての靴と控えめなバックパックを片手に車に乗り込んだ。ホンダ製CR-V・RE4のキーをまわし、ゆっくりとアクセルを踏み込む。今日も実直な滑りだ。カーラジオからはビースティ・ボーイズの叫び声が聞こえてくる。

まずは恒例になっている奈良県の朝護院孫子寺へ向かう事にした。通い始めて7年目になる。高速を快調に走り続ける。足早に流れていく旅景に悲哀はない。7年。新鮮だった道のりも見慣れたものになり始めている。


というか……飽きちゃったかも知れない(人´∀`)…うん、きっと飽きてる。
大体の物事において新鮮さというものの代わりに愛着が湧いてくるものだ。
愛着?…うん、愛着も感じていない気がするzo(人´∀`)さぁ困ったぞと来年の事を思案しながらも孫子寺へ到着。
いつ来ても朝のお寺の空気の清々しさは心地良く、肌に馴染む滑らかさがある。
今年も毘沙門天公に挨拶を済ませ、次なる目的地は宇喜多直家が居城・岡山城へ向かう事にした。
玄人は石垣を見る!という事で縄張りを堪能。"烏城"と揶揄される漆黒の外観は壮麗だ。しかしre-buildされた城というのは如何せん味気ない。宝石の入っていない宝石箱の様なものでエレベーター完備というのが苦笑を誘う。きっと攻められた暁には侍達が大挙してこのエレベーターに殺到するに相違ない。雄叫びを上げながら△印を連打する具足姿の猛者達。
 
そして隣接する日本三名園と言われる後楽園へ。
タンチョウ鶴がお出迎え、広大な敷地には趣味の良い植物が仲良く佇んでいた。優雅に散歩する大名の姿を思う。安らぎの時間はいつの時代だって必要なのだ。

宿泊先の鳥取県の民宿に向かう。
強行軍の計画に昼食を摂る時間は含まれてはいない。車中でドーナツを頬張りながら53号線を北上する。
19時頃には宿泊先に到着。チェックイン後は鳥取砂丘へ赴くつもりだったが疲れてもいたので翌日に持ち越す事にした。テレビをつけるとボクシングの中継が行われ、一つの時代の終わりを映し出していた。
海の近くに来たからには海のものをという事で、近くの炉端焼き屋で夕餉をとる事にした。カウンターに座り店の中を見渡す。客は自分以外に一人いるだけだ。平日ともなればこんなものなんだろう。至るところにメニューの値札が貼られている。心地良い雑然がくつろいだ気分にさせてくれる。

「どこから来たんです?」ひと目で観光客と分かった様だ。
『岐阜からです』
「海のない県ですね。じゃあ是非海のもの食べていってください」
『それじゃ大将のお勧めのものを適当に見繕って下さい』
「はいよ」

年の頃は60歳を過ぎているだろう。落ち着いた物腰と柔らかな口ぶり。仕事も丁寧に行う人なのだろう。横では女将さんが黙々と洗い物をこなしている。ここでは大将が話し相手も務めている様だ。大抵の場合、どちらかが喋り、どちらかは石像の様に口をきかないものだ。

「はいよ、もさエビと言ってこの辺りでしか出回らないものです」
『ありがとう』

他にも”のどぐろ”と呼ばれる高級魚を頂いた。歯ごたえと甘さは山と川しかない県では味わえない。

『岐阜は海のものは全然駄目です、母親がいつもボヤいていますよ』
「冷凍されたものはいけません。味がまったく違います」

ある程度話すと大将は天井付近にあるテレビを見始めた。その横顔を見ると僕の存在など最初からいなかったかの様に思える。
テレビの中では”ハサミの上手な使い方について”の講釈がなされていた。解決策が示される度にへ~とか、わ~とかタレントと呼ばれる人達が驚いた表情を見せていた。僕はこの方ハサミが切れなくて困った事はないし、それを生業としている人はハサミが切れなくなる前には手入れするのではないだろうかと訝しんだが、どこかの誰かの役にたつんだろうと考えを改めた。
どうやら鉄筋コンクリート造りのお城を見てからというもの、物事に対して批判的になっているらしかった。過度に批判的になるのなんて良くない。一度自分の中で審尋してから答えを出すべきだ。
刺し身に興じながらエレベーターがどの階にいるのか、その数字の明かりを見上げている侍達を想像した。

『お仕事ですか?それとも観光で?』
「……。」大将と目が合ったまま言葉と自分との距離感を掴み損ねていた。
「あぁ、…観光です。出雲まで行こうと思ってるんですよ」
『そうですか。3時間くらいですかね、蕎麦が有名ですから蕎麦を食べるといいです。なるべく老舗がいい。美味しい所はいつまでも残っているものですよ』

時間という審査。

「確かにそうかも知れないですね、現地に行ったら聞いてみることにします」

『私も若い頃は旅に出たものです、こんな田舎から出たかったってのが理由なんですがね。でも結局ここに帰ってきた。遠くに行けば何かが待ってたり、変わるのじゃないかと思ってたんですが、いつの間にか帰りたいと願っている自分がいました。退屈で変わり映えのない生活、そこからしか得られないものがある事に気付いた。よくある話しだとは思いますが、私にとってはそれが分かっただけ良かったのかも知れませんがね』

「実際に経験したのとそうでないのとでは全く違うと思います。何も始めていないのに分かったつもりになっている人なんて大勢いますから。その事に気付きもしないし、或いは(潜在的に)目をそらそうとする」


大将は何も言わずに再びテレビを見始めた。口元に古き日の大胆さを甘受する微笑みの残滓があった。

「変わり映えのない生活からしか得られないもの」僕はその言葉をゆっくり咀嚼する様に声にだしていた。ある種の人間が口にすると重みをもつ言葉がある。

横では女将さんが顔をかえずにただ前だけを見ていた。誰かが絶賛した絵画の良さを必死に探している様な顔だった。


酔いを醒ましに夜道を歩く。夜風がいつまでも纏わりついては通り過ぎていった。

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